2019年11月30日 山崎という場所

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20191130 山崎という場所 自分は明治学院という横浜と白金にあるミッションスクールの卒業ですが、 大学はリベラルアーツが基本でサイエンスアンドアーツをいわゆるスタディーするものでした、まさにリベラルでして、とにかく自主自由で、学生は一人一人自由闊達な人が多かったです。 全部自分で考えて選択して学び遊びアルバイトして、いわゆる学問します、自分は社会学部でしたからその中で社会福祉学をメインに専攻して、社会学をサブで専攻して、教育学や障害児教育なども履修し、ソーシャルワークに関連した諸科学を履修しました、まあ大学をフルに活用して自分の身に成るように勤しみましたね。金だけでは生きていけないからです、お金ももちろん必要ですが、守銭奴には成りたく無いし、自分はいろいろ悩みましたね、小学校、中学校くらいまでは、それまで、いろいろな仕事について自分で調べてまくりました。世の中にはどんな仕事があるのかなあと、だから日本だけで無く外国には非常に興味や関心があっていろいろ調べていましたね、それで自分にある才能や特性やハンディなどを加味して総合的に判断して進路を決めました。悩むのも苦しみですが、悩みに悩み苦しみに苦しみ、究極を目指すのがモットーですから、期間を決めて自分に正直になって、おまえ、いったい何したいんだよ!と自問自答して、親は関係ねー、先生も関係ねー、友達も親戚も誰も関係ねーと自分は自分だから、自分でよくよく死ぬまで考え尽くせと自分に叱咤激励して、何が一番メリットがあるかをよーくよく考え思い巡らした結論がソーシャルワークでした。自分はね、自分は欲張りだから、いろいろ経験体験したいのです、何か物を集めたりするのは興味無くて、すぐに飽きるのです、だから空の手で生きようと思って、手ぶらでできる仕事を考えたのでした、それがソーシャルワーカーでしたね、ラッキー神さま、マリアさまありがとうっていって高校の3年の秋から大学の受験勉強始めたのでした。高校は横手高校という進学校でしたが、自分はブラバンしたいから入学したのであって、勉強なんか興味無くて、特に数学が赤点取る時があって何回も追試を受けて、最後には青空テストとか言われて、裏山に椅子を机にしつ地べたに立ち膝ついて、テストでした、それでもダメな人が学年集会でステージに呼び出されステージでみんな正座させられて、数学の先生からは、この人達を見よ、怠け者勉強の出来ない人だ!こんな風に成りたくなければみなさん、真面目に勉強して下さいとさらし者にされたりもしました。 まあ、これも自分は楽しんで経験させてもらいましたから特に恨むとかは一切ないです、その後、その先生は、養護学校の校長やってリタイヤしたそうなので、その先生にはよかったと思いました。あまり勉強勉強って言わなくてもいい環境だからきっと数学の先生もホットして人生を喜こんで余生をおくれたのではないかなあと思います、頭に知識詰めてもあまり意味無いです、それを有効に活用しないと、自分を満足させるだけも結局虚しくなりますから、誰かの為を思い真心で贈り物にしたらいいですよ、そうするとささやかな幸せを得られます、これは間違いないです、誰に対しても堂々言えます。自分は大学時代は、京都大阪方面にも行く機会があり、山崎にはそれから何度も行ったのですが、非常に良い場所です、サントリー山崎がありますが、隣は天王山でして、その麓には大阪水上隣保館があります、ここは児童養護施設が始まりですが、今は高齢者福祉施設や診療所や保育施設や保育の専門学校やいろいろ複合施設になっています、キリスト教を土台にした施設ですから教会や礼拝堂もあります、 自分は大学の時にゼミナールの仲間と指導教授とでボランティアに行ったのが初めてでした、広い敷地に子供達の声が響いていますが、みんな家族や両親とは暮らしていけない子供達ですから、さまざな支障を抱えて暮らしていました、福祉の分野は広くいろんな分野がありますし、一人一人は全く違う存在です、自分もあなたもユニークだから、子供にも当然に当てはまります、自分は自分、あなたはあなたですから、一人の人として尊重しようとずっと意識しています、施設は生活施設です、大舎制や小舎制とかありましたが、今はより小規模で、家庭に近い環境で子供達の支援をしましょうと考え方が変わってきました。この大阪水上隣保館は限界を抱えながらも善い伝統もありいろいろ先駆的な実践もされています、自分は家庭的なホームで寝泊りして過ごしたことがありました、寝食を一緒にして、今その子達は、40才前後です、働いて家庭を持っている方もいれば、自殺したり、ホームレスになって生きている人もいます。 実際には、家族や親からのマルトリートメントや親や養育者の病気や、怪我や障害などを抱えて子供を養育できなくなり入所してくる子供もいます、親が事故で亡くなったからとか、施設には傷を抱えている子供が多いから、いじめもあります、実際に言葉の暴力や身体的な暴力や中には性的な暴力もあり、加害者と被害者が同じ敷地にいなければならない事もあります、 自分自身を正当に守る事ができない子供もいます。スタッフの数は少ないし、地道に一人一人を充分に世話していくのは至難の業です、現状は、今はしくみも改善してきています。

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これは「私」のサイトです。(国際空手道連盟極真会館 秋田県本部安斎派 阿崎道場の旧サイトです。公式サイトは記事にリンク先を掲載しております。そちらから公式ホームページをご覧下さい。)

ソーシャルワーカーズの 代表のソーシャルワーカーの奥田力の個人サイトです。 長男が熊岡先生の極真空手の道場に通い始めたのが2010年9月からです。自分も一緒に付き添い、阿崎先生の勧めもあり、自分も健康コースに入門して、2019年8月に審査を受けて10級に昇級できました。自分は2003年頃から全身痛があり、線維筋痛症と確定診断されて、痛みやハンディを抱えながらも、今日一日を喜び生活しています。